◎難しい日本人のフィリピン定住
私を含め、フィリピンに移住して、ここで生活して行こうなんて人は、当然、自発的意思で移住という行動をとるはずです。フィリピンとの関わり合いの始まりは人それぞれでしょうが、自らが何がしかの利点を見出したからこそ、フィリピンにやって来たはずです。サラリーマンの駐在や出張がきっかけであったり、女性関係がきっかけであったり(こういう人が一番多いのかな)しますが、フィリピンへの移住には積極的な意思があるはずです。
もう一つ一般論として言えるのは、積極的自発的な移住であっても、長続きしない場合が多いということ。そこには、実際に住んでみると、異国ゆえの、もしくはフィリピン特有の苦労が見えてきます。あるいは、女性関係からフィリピンに入ったひとは、その破綻という結末が、フィリピン生活終焉の直接的原因である場合が多いでしょう。フィリピンが好きだったのに、住んでみて嫌いになるパターン。そりゃ、旅行者としてみるフィリピンと実際に住んでみるフィリピンと、全然見え方が違います。
何を言っているのかと言うと、自発的積極的にフィリピンにやって来た人でも、長続きしない場合が多いということ。
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◎被介護者の移住は消極的選択
鑑みるに、家の両親等は、フィリピンに行くしか方法が無かったともいえる状況。 そこには、是非フィリピンに行きたいとか、フィリピンはいい所だ、といった積極的な意思は全くありません。実にネガティブな選択の結果、移住してきたわけです。裏返して言うと、彼らは、本当は日本に居たいのです。フィリピンに脱出できるだけの条件が揃っていただけでも、幸運だと私などは思うのですが、本人たちは、なかなかそうは行きません。
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◎日本人に好かれないフィリピンという国
一般的に言って、フィリピンという国は嫌いになる要素が多いような気がします(笑)。フィリピンに馴染める日本人というのは、少し変わっている人(私です私!)か、馴染むよう努力している人だと思います。例えば、平均的日本人が10人フィリピンで生活してみたら、9人までは嫌だというのではないでしょうか。残りの少し変わった1人が、フィリピンにはまってしまう少数派。これが現実だと思いますよ。
※男の夜遊び・女遊びは別の話しですよ。男の遊びに関して言えば、数字は逆転するでしょう(笑)。フィリピン大好き!という人が9人、嫌いだという人は1人でしょうね(笑)。
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ただでさえ馴染みにくいフィリピン。仕方なくといってもいいような、消極的動機で来ている老人がフィリピンがフィリピン人が嫌いになるのも、やむを得ないと、冷静に考えれば、そう思います。
この件に関して、フィリピン介護生活スタート前の私の考えはこうでした。
両親がフィリピン大好きになってくれれば言うこと無いのだが、そうは行くまい。 ただ劇的に好転する介護環境があれば、それを有り難く思う気持ちが、フィリピン嫌いという気持ちを凌駕するであろうと。あるいは、多少フィリピンが嫌いであっても、我慢してくれるだろうと。何故なら、それほど日本の地獄の介護生活からすると、状況は好転しているからです。
それで、2年経過して状況はどうかというと、都合のいい老人の頭(笑)。状況の好転は、すっかり既得権化してしまって、フィリピン嫌い・フィリピン人嫌いが、前面に出まくってます。嫌いな国で、嫌いな人に囲まれて楽しいわけがありません。
親父などと話しするときには、私は言います。
両親揃って、体が不自由になったのは誰のせいでもない運命。それを受入れなさいと。 受入れ無ければならないのは、人の世話にならなければ生きていけないという現実です。人に世話してもらう立場の人間は、基本的に感謝の念をもって生きなければならないと。不平不満ばかり抱いていきるのと、人に感謝して生きるのと、どちらが幸せか。フィリピンを嫌い、フィリピン人を嫌い、結果、自らを不幸にしていませんか、、と。
私が何を言おうと、ダメです。現実は。
親父なんぞは、フィリピン人嫌いで凝り固まってしまってます。フィリピンのフィリピン人の何が嫌いなの?という論点には触れません。 すごくくだらない話しになるからです。 足で物を拾うとか、手で飯を食うとか、うるさいとか、、、、、、、、、、バカみたいな話しです。
ここフィリピンでは、いい意味で鈍感な人がいいのかもしれませんね。そう言えば、かなり進んだ認知症の方が、フィリピンで幸せに暮らしているという話しは複数聞いたことがあります。
ここまで出来るだけ一般論として言えることを書いてきたつもりです。
我が家の親父は、それに輪をかけて、フィリピン生活に馴染めない特性があります。それは、何もしようとしないということです。せっかく、母の介護は人に任せられる状況なのですから、何らかの楽しみを見出せばいいと思うのですが、全く何もしません。そして、フィリピン人に目を光らせて、不機嫌になっていらっしゃいます(笑)。庭があるのだから園芸をするとか、野菜を栽培するとか、盆栽するとか、犬でも飼うとか、写真を一杯とってアルバムにするとか、語学を勉強するとか、、、、、。家に居てもやろうと思えば取り組めることいくらでもあると思います。言葉が少しでもわかれば、世界が一気に広がるなんてことは常識なのですが、2年もフィリピンにいて、タガログ語で、ありがとうをどういうのかすら知りません。あまりにも下手くそすぎるというか、自ら楽しくない生活を選択しているとしか思えません。好きな水泳だって、行こうと思えば近くにプールあるのだから行けます。自分でトライシクルに乗る練習するとか、タクシーの運転手に意思を伝えるだけの語学を習得するとか、そういった自分の世界を広げる行動は皆無。それでは、フィリピンが楽しくないのは、自分のせいです。これは、母のホームシックとは別次元の問題だと思います。
ぐちゃぐちゃと書いてきましたが、只でさえ馴染みにくいフィリピン。消極的選択でやってきた日本の老人が馴染むのは難しいということですね。親父はその中でも特例だとしても、こう結論つけていいのではないでしょうか。
2年が経過した今。時折、私の頭によぎる考え。この辺が限界かな、と。
実生活面ではなんの問題もありません。私も別に問題ありません。問題は被介護者の心の中です。 親父のフィリピン(人)嫌い、母のホームシック この2つです。
『皆に良くしてもらって、フィリピンに来てよかったね。』
そうはならないのです、現実は!
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