2012年2月29日水曜日

フィリピン 初めてコンタクトレンズを買った

日本に一時帰国する前に、新しいコンタクトレンズを買いに、アラバンのフェスティバルスーパーモールへ行った。OPTICAL CLINICのお店は、モールの中にかなりの数あるので、何軒か入って色々聞いてみた。


日本のように、コンタクトレンズをつくるのに、眼科医の診断がいるなんて堅苦しいことは無し。その場ですぐ出来る。それはいいのだが、店によって対応が全然違う、値段も全然違う。 何が違うのかは、説明が難しいのだが、私の感想は、



きちっとした店=遅い・高い    適当な店=早い・安い



こんな感じでしょうか。

当然、気の短い私が選んだのは後者(笑)。



(きちっとした店)
私のかけていた眼鏡のレンズを分析。乱視が入っていることがわかったようで、このタイプのコンタクトは高くなるという。4800ペソだと。でもちゃんと、テスト装着して確認してくれる。1年使えるタイプのレンズです。


(適当な店)
最初からコンタクトレンズは1500ペソとズバリ。例の草原の風景が見える機械を使って、さっさと視力を測って、出来合いのコンタクトを出してくれた。テスト装着も何もせず、小瓶に入ったレンズを紙袋に入れて、ハイッ と渡してくれた(笑)。所要時間10分。1年用のレンズです。



家に帰って、コンタクトレンズをはめてみました。全然、問題ありません。よく見えますし、違和感もありません。 というか、日本のウィークリータイプのレンズみたい。凄く薄手で、装着感は凄くいいが、果たして1年持つのかな、という感じです。


でも、正解だったと思いますよ。こんなもんでいいと思いますよ、コンタクトレンズ屋なんて。あとは、ユーザーの自己責任ですから。

2012年2月28日火曜日

日本一時帰国 まだ寒いかな

ということで、3月1日に日本に一時帰国。 

主たる用事は、心臓の術後6ヶ月のチェックアップ。以前、記事にした大阪の今里ハートクリニックに行きます。 スーパーCDで心臓を撮影、ワークステーションで心臓の3D映像をグルグル回して、見てきます(笑)。何も無いと思うのですが、最近いたって調子がいいですから。


(ブログ記事参照) 心臓病の物凄い素晴らしい専門病院
http://miliondividendazo.blogspot.com/2011/09/blog-post.html



天気予報などによると、日本は今、いわゆる三寒四温が始まっているのかなという感ですね。 春の足音は聞こえているのでしょうか?前回の帰国は残暑厳しい9月でしたから、こちらの服装そのままでよかったのですが、今回はそうは行きません。昨日、ウィンドブレーカー買いました。週間予報によると、私の滞在期間はぐっと気温が上がる予報でしたから、よかったです。


毎回、帰国するときに、今回が最後の日本かもしれないなぁ、なんて考えるのですが、そうもいかないみたいです。 何だかんだと用事があるのもです。


次回帰国があれば、妻子を同伴しようかな。


愛子ちゃんを、大阪のUSJと海遊館でも連れていってやるか。寒くない暑くない良い季節にね。

2012年2月27日月曜日

フィリピン イミグレーションの怪

私のVISAは、結婚ビザ(13a)ですが、初回申し込みから1年経ったので、2回目の本申し込み(13e)を、2ヶ月以上前の、1月中旬にしました。 これで、VSAに関する諸手続きは終ったと安心していたのですが、肝心の外国人登録カードが、待てど暮らせど、出来てこない。 手続きをお願いしているジュネムインターナショナルさんに、問い合わせたところ、イミグレーションの業務がほとんどストップ状態だそう。



聞くところによると、イミグレーションのトップ人事に変更があって、その新任にTOPが公明正大で、不正嫌い。だから、下々のスタッフに、訳のわからない料金や、袖の下、特別特急料金などを一切行わないようにと徹底したらしい。それは結構と思いきや、それに伴って、今まで業務をやっていた職員が大量に辞めてしまったとのこと。で、VISAの更新の手続きなどは、全く滞り、書類山積みのまま、放置状態だそうです。



一体、何の話しかわからないですが、袖の下を取れない仕事なんてやってられない、とでもいうことなのでしょうか?楽しい国ですね、ほんと。 イミグレーションなんて、外国人相手の業務で、国として本当に恥ずかしいことだと思わないのでしょうか、思わないのでしょうね(笑)。ということで、ジュネムインターナショナルさん自身が非常にお困りの様子。私のように、フィリピンの役所の体質がわかっている人間は、ジュネムさんの説明に理解を示しますが、そうでない人は、そりゃ怒るでしょうね。本当に、大変な国です。



実は、私3月1日に日本に一時帰国の予定が、ずっと前から決まってました。しかし、外国人登録カードが無かったら、出国すら出来ない。 日が迫ってくるにしたがって心配になり、ジュネムさんにヘルプお願いしたところ、イミグレーション曰く、航空券の提示と超特急料金2000ペソで間に合わせるとのこと。ははは。不正撲滅のはずじゃなかったのかな。信じられない役所さんです、フィリピンイミグレーションさん。



しかし、私としてはこれ以上待つことは出来ないし、航空券を提示し、手数料を払って、本日やっと外国人登録カードをゲットしました。3日後には出国予定。 滑り込みセーフでした。やれやれ。



何処へでも一人で行く私ですが、イミグレーションだけは、嫌な話しを一杯聞いていたので、今まで1人では行ったことありません。ジュネムインターナショナルさんに手続きをお願いしてました。今回のようなことが起こったら、自分個人ではどうしようも無いところです。何はともあれ、ジュネムさん、ありがとうございました。

2012年2月25日土曜日

フィリピン 今日はEDSA革命記念日

1986年ですから、25年も前になるのですね。私がまだ大学生の頃ですが、テレビで見たのをよくおぼえています。 フィリピンのピープルズパワー革命。 黄色一色の群集が、革命を唱えて、コーリーアキノ女史を支持して、マルコス腐敗政権を打倒した、民衆革命です。イメルダ婦人の贅沢三昧が凄く報道されましたね。マラカニアン宮殿から、米軍のヘリコプターで大統領が脱出する映像を、鮮明におぼえてます。


今日、2月25日は、そのEDSA革命記念日らしいです。その革命から、フィリピンは良くなったのでしょうか?当時を知らない私には何とも言えませんが。



私が言えるのは、日本の民衆も、そろそろ怒ったほうがいいのではないかということ。 今の民主党政権のていたらくは、日本版ピープルズパワー革命に値しますよ。 なにせ、マニュフェストと言って、国民に公約して大きな支持をとったくせに、そのマニュフェストに書かれていることを全く実現できないのですから。これは、国民に対する背信、詐欺ですよ。



日本人って、怒らない国民ですよね。戦前前までは、違ったはずです。歴史を勉強すると。敗戦を期に、GHQからはじまるアメリカさんの指導によって、精神を破壊されてしまった日本。 かつての誇り高き日本人、大衆1人1人まで浸透する高い道徳性でヨーロッパ列強を驚かせた日本人。もう、昔の話しですね。


外国で生活していますが、人一倍、祖国の歴史を誇りに思ってる私です。 どんどん、誇れない国になっていく祖国が、寂しいです。

フィリピン 日焼け対策

暑い、暑い、暑い! 
日中は、太陽光線が痛い。暑いという感覚より、痛いという表現がピッタリきます。じりじりと肌が音をたてて焼けるんじゃないかと。。。日本よりも、太陽からの距離が短い感じで、光線がキツイ。『プール行こうか!』、毎日言ってます(笑)。



今日も嫁さんはお出かけ。友達の結婚式です。
珍しく(笑)、その友人は裕福な家庭の子で、ちゃんとホテルでレセプションがあります。招待状も、綺麗な封筒で、さすが!という感じのものでした。ですから、当然ドレスコードあり、フォーマルらしいです。 嫁さん、今日ばかりは、きっちり化粧して、私の姉にもらったお気に入りのバッグ持って、胸元の大きく開いたロングドレスで決めてました。久しぶりに、我が嫁さんを見て、ドギマギした自分が可笑しい(笑)。



最近、嫁さんは、仕事に私用に、外に行くことが非常に多い。私は、愛子と留守番が多い(笑)。この暑い太陽光線の下のお出かけは、女性にとってお肌の大敵です。嫁さんも、先日30歳になりましたので、曲がり角、曲がり角。 一昨日のこと、鏡を至近距離で見て、『顔の肌が汚い!』 と嘆いておりました。 大体において、フィリピン女性は、日本の女性みたいに肌が綺麗じゃないです。そりゃ、年がら年中、夏の太陽にさらされ、露出度の大きい服をきてたら、そうなります。 まあ、その中では、嫁さんは、結構気を使ってたほうですから、自分の顔の肌のダメージを見て、これではイカン、と思ったみたいです(笑)。



それで、何かのクリームを買いたいと言い出したのですが、私が買ってやったのは、女性の洗顔用の石鹸。 結構の値段でしたこれ。 私の考えは、まだ若いのですから、肌がくすんで見えるのは、毛穴の汚れだと。 ここマニラでの外出ほど、ホコリにまみれることはありません。 1に洗顔、2に洗顔、、だと思ってアドバイスしました。 更には、外出時の日傘の携行の義務付け(笑)。上半身露出満点の、タンクトップ1枚で太陽のしたに出ますから(笑)。ちょっとは気をつけなさいという意味で、折りたたみ傘を、ジャパンホームセンター(日本の百均のフィリピン版)で買いました。


まあ、そのうちまた、アンチエイジングクリームでも買ってやろう。



という文章を入力する私の手。キーボード上でみると、、、真っ黒! まるでトライシクルドライバーの手みたい(笑)。いいですね、男は。 なーーーんにも気にならない。


え? 頭の毛穴? 


気になりますね(笑)。

2012年2月22日水曜日

フィリピン 介護生活を考える⑥ 人(介護士・メイド)その3

介護における人間関係について思っていることを、書きたいと思います。昨日の続きみたいな話しです。


介護とは、被介護者が介護者に、世話してもらうということです。直接的な接触です。 我が家の愛娘、愛子ちゃんの世話をする時に、よく思うのですが、愛情が無ければ、人の世話なんてやってられませんよ。愛子ちゃんがウンチをたれたときも、おしっこでマットを濡らしてしまったときも、笑いながら後始末が出来て、愛子が傷つかないように決して怒らず、励ましてやる。こんな気持ちで世話できるのは、娘を愛してやまないからです。



赤ちゃんを陰でいじめるベイビーシッターじゃないですが、嫌いな人を世話するなんて、本当に嫌な仕事です。適当にやって済ませようと思うはずです。嫌々する仕事なんて、決して上品質の仕事にはなりません。 特に介護の現場では、それは事故を生む可能性もはらみます。 嫌がらせを生む可能性もあります。介護者が被介護者を嫌っていれば、ろくなことになりません。


介護者と被介護者の人間関係の悪化は、往々にして、被介護者の側に原因があると思います。被介護者というのは世話してもらう身なのですから、



『すみませんね、ご迷惑ばかりおかけして。ありがとうございます。』


という姿勢でいてもらわなくては困ります。そういわれると、介護者のほうも、気持ちが良くなり、更に良い世話をしてあげようという気になるというものです。



身体障害者の方や、お年よりは社会全体で守っていかねばばりません。それは絶対です。ただし、年寄りや身体障害者はそれを当然の権利ととらえてはいけません。 電車の中で、席を譲らんか!とばかりに座ってる人の前に立つ、年寄りがいますが(特に大阪 笑)、憎たらしいことこの上ない(笑)。年寄りや身体障害者といった、守ってもらう立場の人には、 『すいませんねえ』 という姿勢でいてもらいたいものです。でないと、物事が上手くいかなくなります。



更に、介護というのは、いつまで続くのかわからない仕事です。介護の必要性がなくなるのがいつかということは、神様しかしりません。うちの母だって、明日終るかもしれないけど、10年以上続く可能性も十二分にあると思います。そして、介護という仕事に休日はありません。主婦の仕事と一緒です。365日ずっとです。24時間ずっとです。



本当に、人間関係が良くなければ、絶対に成り立たない仕事だと思います。


○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○



これだけ、前置きの考えを述べておいて、フィリピンの我が家です。


この基本的な考えが全くわかっていない日本人(私の親父)と、それでも、心を入れて一生懸命介護してくれるフィリピン人、その真ん中で、ストレス一杯ながら踏ん張っている私と嫁さん、こんな構図です。金を払ってフィリピン人を雇っているんだから、仕事をするのは当然だ、みたいな姿勢で狭い家の中が、上手く行くはずがありません。いい人には、恵まれるのですが、仕事が長続きしない、定着が悪いというのは、こういう状況のせいかも知れません。



年寄りというものは、そして、認知症のある人というものは、どうしてこうも頭が固いのか、偉そうなのか。介護されるのをあたかも当然の権利みたいに考え出したとき、介護する人は嫌になります。人間関係が崩れると、全て上手くいかなくなります。介護って、なんてヤリガイのない仕事だろうと、思えてしまうのです、被介護者の、 『すみませんね、ありがとう。』 この言葉が無ければ。



これが我が家の危機の状況の本質なのですが、それを生み出すベース、つまり被介護者側に不満を蓄積していっているのは、以前に述べた、ホームシック ・ フィリピン(人)嫌い なのです。

フィリピン 介護生活を考える⑤ 人(介護士・メイド)その2

人(介護士・メイド)について書き始めましたが、今回では終りそうにありません。
フィリピン人介護者についての評価・所感は次回に回します。
今回は介護士の資格(資質)について書きたいと思います。



日本では、ホームヘルパーとか介護福祉士などの資格があるようですが、フィリピンで介護生活を送る上で、資格を持った人が必要なんてこと、一切感じたことありません。大体、そのような資格はなにを身につけるものなんでしょうね。調べる気もありませんから、知りません。下の世話の仕方とか?片麻痺の人の抱き起し方?認知症の人との会話の仕方とか?そこに何か学術的な、論理があるのですかな?まあ、もし、簡単な医療行為があるとすれば、それは資格が要るでしょうが。



介護する上で最も大切なこと。それは、 『心』 です。 
良い介護者とダメな介護者を分ける、決定的な違いは、『心』 が入っているかどうかです。



『フィリピン人は皆、天性の介護士だ』 といわれますが、大きくはあたっていると思います。当然、フィリピン人とひとくくりにして話すのは不適切ですが、素晴らしい介護者の資質を持ったひとは、どこにでもいると思います。 『心』 の入る人です。我が家で、働いてくれた介護者のなかでベスト4がいるのですが、共通しているのは、私の母のことを愛してくれたことです。 『情がうつる』 という表現が一番ピッタリです。



フィリピン人の一番良いところは、年寄りと子供に優しい、体にハンデを持った人に寛容といった特性だと思います。 私はこれを、『弱い者への優しい心』 だと思ってます。 


何故か。 彼ら自身が弱い存在だからです。 貧富の格差の凄まじいフィリピン。 大部分の庶民は、社会的に非常に弱い存在です。 明日をも知れぬ生活、万一の時の保障など何も無い。 そういう弱い立場のひとは、お互いが助け合わないと生きていけません。 弱い者は群れるのです。 野生動物でもそうです。 アフリカで、弱い草食動物は群れをつくります。 そして、弱い子供を群れの中央にに置いて皆で守ろうとします。 人間社会の群れの、最小最強単位が、ファミリーですね。




私の母は、 『年寄り・女性・体が不自由』 と、弱い者の条件が3拍子そろっています。 フィリピン人の介護者は、母に凄く同情の心を寄せてくれます。 そして、献身してくれます。 仕事としてやっているはずなのに、まるで、自分の母のように接して、心配して、母を助けようとしてくれます。 これは、私の実感です。 そのフィリピン人介護者の姿に、私が思わず目頭を熱くしたことは、2度や3度ではありません。




エピソードをあげましょう。




《マジョリーおばさん》

母が胆石で3週間入院した時、介護者マジョリーは、3週間ほぼ、ぶっ続けで母の病室の長イスで過ごしました。 私が、付き添いを替わってやろうと申し出た時に、断られました(笑)。 彼女は私に、こう言いました。 『あなたが居ても、お母さんの下の世話を出来ないじゃないか。私がするから、家に帰りなさい』。 実の息子(私)、形無しですよ、本当。 そこに、特別手当をくれとか、そんな打算は一切無い。マジョリーは、手術室から生きて出てきた私の母をみて、顔をグシャグシャにして泣いていました。



《レンレンさん》

30台前半のこの女性。全く何故か分りませんが、私の母が大好きみたいでした。旦那さんもいるし、決してレズビアンじゃありません(笑)。 たまの休みの日、彼女は家に帰ったのですが、母のことが気になって気になって、何度もテキストが入ります。そして、彼女は言いました 『I MISS HER』。 普段、世話ばかり掛けられているのだから、たまの休みには、せいせいするのが普通じゃないでしょうか。 次の日、レンレンが帰ってきたとき、母に抱きついて、キスしていたのは言うまでもありません。



《バラット君》

30台後半男性。とても優しい男で、母とは大の仲良しでした。母が、バラット君のことを、『先生、先生』 と呼んで、とてもしたっていました。 どうも医者と勘違いしたみたいです(笑)。 ある日、バラット君が、何やらマッサージ機みたいなものを買ってきました。 電気信号が発信されて、神経に刺激を与え、麻痺をした手足の回復を図るものみたいです。 バラット君、寝ている母の手や足に、マッサージ機をあてがって、長い長い時間過ごしています。 嫁さんに聞くところによると、彼の月給の半分くらいの値段はするだろうとのこと。 私は支払を申し出たのですが、断られました。 勝手に買って来たものだし、効果があるかどうかわからないからと。



他にもいっぱいあるのですが、これで十分でしょう。
こんな奴らです。 至らぬ点や、まぬけなところ、駄目な習性、フィリピン人には目に見える欠点が、一杯一杯あると思います。でも、この 『心』 という目に見えない長所によって、補って余りあると感じています。



技術か理屈か、何を勉強するのか知りませんが、介護の資格なんて、全く要りません。



介護に『心』の入る人、すなわち、一級の介護士です。


※あくまでも、フィリピン人にはいい介護士の資質をもった人が多いという話です。当然、全部が全部というわけではありません。とんでもない奴も多いです。でも、全体として、フィリピン人は弱いものに優しく、天性の介護士である ということは、言ってもいいと思います。