2019年3月7日木曜日

フィリピン 総領事館 パスポート

今日、パスポートの更新申し込みにパサイの大使館に行って来た。なんと、日本出国前に切り替えた10年パスポートが年内に切れるのである。遂に10年が経とうとしているのか。思えば、母の車椅子を押してフィリピンに来て、両親共にここフィリピンで看取って、そして自分はまだここにいる。ここにいるというか、もうここにしか居場所は無い。ふと思うことがあるのだが、自分はやっぱり日本を捨ててきたのだろうか。元来、人間関係を面倒くさいと思う性質で、それは酒が一切飲めないということも大きく関係しているのだが、10年経とうとする今、連絡を取る人って、日本には全く居なくなってしまった。基本的には孤独が好きな人間だから、全くなんとも思わないけど。幸か不幸か今は孤独ではないし。逆にたまに一人になりたいとすら思う。そして今、日本人に対して交友関係を広げようとかそんなこと一切思わない。フィリピンに住んでいるのだから、フィリピン人との関係はある程度大事だけど、もう日本人は関係ない。昔の知り合いとか、同僚とか、私がフィリピンに行ったことを知っている連中は、多分、私はノたれ死んだとでも思っているに違いないな。どうでもよいが。
こんなブログ書いてないで、嫌いなフェイスブックでもやってみるか?誰か私を見つけてコンタクトしてくるかな?意味無いか、やっぱり。
大使館の敷地内は治外法権で日本国の法治でフィリピン国家権力は勝手に入れないのですね。総領事館の前庭で、タバコをゆっくり吸った。ちゃんと喫煙所あります。まるで一時帰国を楽しむように。

2019年2月17日日曜日

フィリピン 気候 冷夏?

3月から5月がフィリピンのいわゆる盛夏。モールなどにスイミング関連のグッヅが前面に展示されます。年によっては年明けから暑くなり、かっかと日差しを感じられる年もあるのですが、今年はもう2月半ばだというのに、涼しい。

私の住まいはかなり高台にあるビレッジですので、下界とはかなり空気が違います。フィリピンでは珍しく、山が間際にありますので、山から吹き降ろす風が強くてクール。おかげでいつも空気が洗われているようで、本当にフレッシュエアー。深呼吸したくなるほどの良い環境です。以前、パラニャケのBF近辺に住んでいて、仕事の都合でバタンガスに住まいを探したとき、初めてここのビレッジを見た瞬間に、 ここだ! ここが終の棲家だ! ベストだ! と思いました。そしてそれは今も全く変わっておりません。

今年は冷夏なのかな?例年暑くなるこの時期に、今、最高です。昼間はさすがに日差しが強くて暑いのですが、湿度があがってないから、空気がカラッとしていて暑さが全く苦にならない。夕方になると、本当に涼しくなって、気持ちいい気持ちいい。そして、早朝は放射冷却?っていうのかな、キーんと空気が冷たく少し霜がおりる。で、勢い良く山から日が登ると活動的な日中が始まる。

高温低湿。体感的にこれ以上良い気候というのは思いあたらない。ハワイは行ったことないが、人の話によるとこんな感じなのかもしれない。
 
日本の高温多湿の夏は今から考えても地獄です。もう絶対いやだ、あの逃げ場の無いような苦しい夏。京都の地獄のかまゆで、大阪の湿度たっぷりの夏。やだやだ。

家の前のネコの額ほどの庭からの風景。夕方です。朝日は山から昇ります。


近くに工業団地が一杯あるので、日系企業の駐在員様も結構たくさんお住まいです。セキュリティも非常に厳しく、絶対おすすめ。物件の値段も、マニラ首都圏と比べるとずっと安いと思います。よく知りませんが。一平米あたり、5000-6000Pかな。ビレッジ外はがたっと落ちると思います。よく知りませんが。


2019年2月14日木曜日

フィリピン ロスバニョス 温泉

温泉で有名なラグナのロスバニョスは実は私の住まいから近い。私の得意のバイクですと、30分もかからないかも。車はね、渋滞が酷いんですよ。カランバのクロッシングという渋滞で悪名高いところからアプローチすると、もう最悪。私の住むバタンガス方面からは、アヤラカントリークラブというゴルフ場の引き込み線が開放されて、カランバをバイパス出来る様になったので、少しはましですが。まあ、子供たちの退屈しのぎに、ちょっと出かけるという感覚でいけるので、結構良く行きます。プライベートリゾートが有名ですが、プールが一つ二つしかないプライベートプールより、パブリック施設のほうが様々な趣向のプールがあって、結局そのほうが楽しい。パブリックといっても、ちゃんとホテルとかコテージとかありますので、オーバーナイトも十オーケー。

日本人向け、韓国人向けに、あつーーーい本格温泉もあるようですが、うちは子供が主役ですのでもっぱら、ぬるーーーーーいお湯のローカル仕様プールであります。

ちなみに、前使ったことのあるプライベートプールが、写真です。そうですね、施設としては中の下、か下の上。高級なものでは決っしてありませんが、私たちには超十分でした。

お値段は1泊、10000ペソ。20人くらいで行きましたから、一人500ペソ勘定。高いか安いかはわかりませんが、仲間とわいわいは楽しかったですよ。ご参考に。







2019年2月10日日曜日

フィリピン ジプニー ジープ

今日ね、ジープ(ジプニーってのは日本人の呼び方、こちらではジープ)の中で、日本人とフィリピン人の奥さんと娘さんの家族と会った。嫁さんどうしは何か声を掛け合って。娘が同じ8歳ということも彼らの会話から聞こえた。でも、私は何となく、旦那さんに声かけられなかった。多分、ジープ内で日本人と会ったのは初めてだ(昔の本拠地エルミタ、マラテは除く)。

何というか、声をかけたら迷惑かなあとか、恥ずかしいとか、変な感覚で声をかけられなかった。
全く社交性の無い自分。会社関係以外の日本人見ると引いてしまう最近の自分。嫌になりますな。

フィリピン 麻疹(はしか)流行

嫌なニュースで、メトロマニラでOUTBREAKの報道があった次の日に、流行エリアが拡大していて、セントラルルソンだと。セントラルルソンて、えらい大きな表現だなと新聞を確認するとバタンガスが含まれていた。そうなると気になるのが、わが娘2人は予防接種受けたっけ? わからない(めちゃいい加減な親)。娘の上腕部チャックしたが痕跡なし。日本の医療機関のホームページで勉強すると、新生児のときに1回、小学校で2回目の予防接種が必要みたいなことが書いてあったので、とにかく予防接種を受けさせようと決断して、即、最寄の病院へ。

2人も泣かないで、無事完了しました。

はしか、水疱瘡、おたふく風邪。私は子供の頃3つとも経験したと思う。その時、親は、子供のうちに発症しておけば良し。抗体ができて2度とかからないみたいなことを言っていた記憶があるがようわからん。フィリピンの各種予防接種の制度もルールもようわからん。会社のクリニックの看護婦に聞いても、看護婦自身がよくわかってないと察して、きくのをやめた。

関係ないですが、知らないことを質問されると、焦点をずらして自分の知っていることを延々と話し出すのも、フィリピン人の特徴。イライラきても、神対応の場面です。

ついでに言うと、ワクチンの値段もようわからん。
公的なセンターみたいなものがあって、野外で人混みの中で順番に予防接種しているような写真をみたことあるが、そんなところに我が娘を連れて行くはずもなく、セントカブリニ・メディカル・センターという地域では一番ちゃんとした病院で、前に診てもらったことのある小児科の女医に予約して、列に並ぶこともなく注射してもらった。

1本(一人)1500ペソなり。

多分、高いと思う。余計なコンサル料的なものが大部分なのだろう。会社のHMO(医療保険)で家族の分も入っているのだが、予防接種は適用外。

まあね、こんなもんです。不快な思いすることなく快適に娘たちが直ちに予防接種を受けることが出来ました。プライベートに近い対応ですな。こうなると料金が不透明で高くつく。これフィリピンシステム。  まあ、よかった、よしとしよう。

2019年2月8日金曜日

フィリピン 物価

フィリピン生活が長いこともあるが、フィリピンの物価が安いなんて感覚は全く無い。毎年続く経済成長とインフレで、10年ほど前にの日本に比べて物価が4分の1とか、3分の1とか、そんなことはもう全く無い気がする。もちろんどのレベルで生活しているかにもよるんだが、日本人が感じるフィリピンの物価を語る場合に、フィリピン底辺のことを言っても意味ないと思うので、あくまで、それなりの生活をしている場合で。

毎朝、フィリピンの英字新聞のフィリピンスターを読んでいるのだが、この間フィリピンの所得層のデータ記事が出ていた。私の収入レベルは、忘れてしまったが、中の上か、若しくは上の下だったと思う。ま、フィリピンの中でも中流ですな。悲しいことに。で、一応日本人ですから、最低限の生活はしています。たまに日本レストラン行きますし、ネット環境は必須だし、ケーブルテレビは要りますし、おかずは2品以上いりますし、栄養バランスの知識はあるから野菜と果物欠かしませんし、年が年なので常用している薬ありますし、ティッシュが無いと用は足せないし、子供は公文教室に通わせているし、ユニクロで服買うし、、、、、となってくると、生活いっぱいいっぱいですな。

副収入が欲しいと思う今日この頃です。

嫁さん働きにだすか。でも、一日368ペソ(この地の最低賃金)しか、稼げないだろうからな。夜の仕事に出すか。昔はバリバリだった嫁さんも、今はもう期限切れか。

パンデサルの店でも出すか。





子供たちと遊んだマタブンカイビーチ。おんぼろ海の家宿泊楽しかった。

2019年2月7日木曜日

フィリピン 暮らし 幸せ 

ひとつ言えるのは、日本にいたら今あるものは手に入っていないでしょう。替わりに失ったものもある。この比較天秤、どちらが重いかは、完全に人による。私の場合は、完全に得たもののほうが大きい。だからよしとしている。別に自分に言い聞かせているわけではない。本当にそう思うのです。こんど列挙してみよう、得たもの失ったもの。自分は変わり者だからフィリピン暮らしに肯定的になるのです。決して普通の日本人にすすめられるもんじゃありません、フィリピン暮らしなんて。もう何年ここにいるんだ?10年近いか?金も無く、コネも無く。でもこうして生きている。そして今やここが自分のホームグラウンドになっている。日本に帰ったら多分緊張すると思う。会社がコンドミニアムも車も全て準備して、その世界だけに住んでいる企業の駐在員ではなく、何から何まで自分の判断と行動でやってきた。色々トラブルもあったし、高い授業料も払った。でも、ここにいる。もしかしたら自分の人生の中で、今が一番幸せなのかも。金は今も無い。昔のほうがずっとリッチだった。でも今のほうがずっと良い。こんな境地まで自分を成長させてくれた、フィリピンに感謝です。

そんなフィリピンがどんどん変わっている。

ビルド、ビルド、ビルドなんて言って、ビルがどんどんたっている。またかいな、これでもか、というくらいショッピングモールができる。インフレで物価が高くなる。中産階級が分厚くなってきて、核家族化が進行している。日本の足元にも及ばないが、昔のフィリピンと比べたら雲泥の差だ。道にはピカピカの車で溢れている。昔のようにラジエターから噴水を上げてる車は見当たらない。

そして、私は段々寂しくなってくる。私を成長させてくれた、大事なものに気付かせてくれたフィリピンが無くなっていきます。